俗物による自戒ノート。

特に、ままならぬ仕事、毒親からのストレス、神経質な妻そして愛しい子どもについて。

些細なところに人間性は現れる。

今日は自分が敬愛し、内心密かに師とすら仰いでいる元上司(仕事も出来るし、人格者である)と一杯飲む予定であった。しかし、元上司の体調が優れず残念ながら順延となった。

 

元上司から「体調優れず飲みは順延したい」旨のメールを受け取った時、本来であればまず相手の体調を気遣う心が真っ先に出てくるべきところ、「一杯やりながら仕事や人生の悩みを相談したかったな。残念だな」という気持ちが先に来てしまった。

 

もちろん返信のメールには気遣う文言を入れたが、文面の片隅に「体調を気遣うよりも残念だ」という気持ちが滲みでたのは間違いない。人間観察に優れた元上司であるからそのことを見抜かれたにも違いない。

 

なんと器が小さく薄情なのだろうかと自分が嫌になった。それに引き換え、体調が戻ったらまた飲もうと言ってくれた元上司には本当に人間が出来ている。

 

こういう突発的で、なんでもないメールの一文にこそ、人間性というのは現れるものである。